西区市議会議員 ひえじま 俊和

西区市議会議員 ひえじま俊和

ひえじま俊和の活動紹介

プロフィール 人柄紹介 議会レポート

しんぶん赤旗2004年10月14日

生活相談9年半(下)

日本共産党福岡市議・比江嶋俊和市議が見たくらしの実態

日本共産党福岡市議の比江嶋(ひえじま)俊和さんは、生活相談を始めて9年半になります。相談件数は2000数百件、相談ファイルは16冊に及びます。

「生活相談にこられた方の話を私たちがよく聞くだけで、たぶん精神的には80%も90%も解決しているんだと思うんです。『この制度がだめなら、あれはどうだ』とさまざまな手を尽くす中で、自ら人生をきりひらいていかれるような生活相談をめざしています」

奥の「待合室」でも

相談者一人につき30分、いや1時間と時間がかかることもざらです。開始時刻は午後7時ですが、その1時間も前から始めて、11時ごろまでかかる日もあります。「どんなに制度や知恵を駆使しても、実際の解決率はよくいって60%ぐらいでしょうか。せめて、元気になって帰れる相談会にしないとね」と話します。

事務所の玄関を入ってすぐ右が「相談室」。奥の和室が「待合室」になっていて、地元の共産党員が、お茶やお菓子を勧めながら、もう相談にのっています。一つひとつの相談内容は深刻なのに、相談会の雰囲気は明るい。そのわけは、「大丈夫。なんとかなるから」とみんなで励まし合っているからだといいます。

1995年に市議に当選。すぐに生活相談会を始めましたが、地域にたくさんのちらしをまいても、最初の半年間はだれも相談者がきませんでした。「弁護士と2人、囲碁や将棋をしながら『もうやめちゃおうか』って言ってたんですよ。そのうちに、相談者がポツポツといらして、その人が次回は別の相談者を連れてきて、という感じでここまできました」

生活相談がきっかけで、「今度は私が誰かを助けたい」と日本共産党に入った人もいます。田中和子さん、58歳。スナックの元ママさんです。今では生活相談会に欠かせないスタッフの一人、姿をあらわすと事務所はとたんに明るさを増します。「ホントにお世話になったからね。困った時は生活相談があるよ、とどんどん知らせなきゃ。私もがんばるわよ」

地元の共産党支部でも、月1回、2ヶ月に1回というように生活相談会を実施するまでになりました。

増え続ける生保・・・

憲法25条で保障された「生存権」を守るための、大切な制度である生活保護。暮らしが悪化する中で保護世帯は全国的に増え続け、2003年度には1ヶ月平均94万1270世帯、過去最多を更新しました(厚労省調査)

比江嶋さんはいいます。「小泉内閣の悪政のもとで、明日からの生活をどうしたらいいのか、というほど高齢者の生活はひっ迫しています。生活相談はそういう方々の駆け込み寺です。自分の力で生活を再生していくための支えにしてもらえばいいですね」

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しんぶん赤旗2004年10月13日

生活相談9年半(上)

日本共産党福岡市議・比江嶋俊和市議が見たくらしの実態

福岡市博多区。街に明かりがともるころ、生活相談会の会場がにわかに活気づきます。介護保険、年金、生活保護、医療、不況…。日本共産党福岡市議比江嶋(ひえじま)俊和さんは9年半にわたる生活相談(毎月第3水曜日)を通して、必死に生きる人たちに心を寄せ続けます。

「このままでは生活が」
相談者の切実な声に心寄せて

午後6時。無料生活相談会の開始時刻までまだ1時間もありますが、比江嶋さんの事務所にはすでに相談者の姿がありました。さまざまな制度の資料の山をひっくり返して、解決法を探す比江嶋さん。かばんの中には、運動で勝ち取った介護保険料の減免申請書などがいつも入っています。

母子世帯の母親 仕事、年金なく

この日、最初の相談は生活保護でした。50代後半の女性。本人は仕事も年金も預貯金もなく、20代の息子と二人暮らしです。ところが、息子の月給は13万円、保護費3万円を足しても16万円にしかなりません。「このままではとても生活できない」と訴えました。

比江嶋 「息子さんと世帯分離して独立すれば、保護費を満額もらえるけど新しくアパートを見つけなきゃならんねえ」

女 性 「でも、新しく部屋を借りるようなお金は…」

比江嶋 「母子世帯だから、そういう時の貸し付けを一時的に活用することもできますよ。」黒いかばんから冊子を取り出して、制度を説明しながら「若者の就職事情が悪いっていうのが問題だよね」。

鉄工所が倒産、妻を実家に帰し

鉄工所を経営していた61代の男性。民事再生手続きをしたものの、破産。妻子を実家に帰らせ、「生活保護を受けて退院してくる母と暮らしたい」との相談でした。

男 性 「親族まで厳しい調査が入ると聞いていて、迷惑をかけるんじゃないかととても気がかりで…」

比江嶋 「あれこれ聞かれるかもしえれないけど、別世帯だし、ご兄弟もそれぞれの家族を養わなきゃいけないわけだから、ちゃんと生保は受けられますよ」

男 性 「実は妹の夫も最近は仕事がなくて、月に一週間しか働いてないんです」

比江嶋 「ええっ!じゃ、あなたたちの面倒を見るどころじゃないじゃない」

サラ金に借金、生活立て直しを

「やっぱり生活保護は我慢する」と、再度相談に来た50代の女性もいます。

女 性 「申請しよと思ったけど、『子どもを連れて来い』とかいろいろせからしか(面倒くさい)。『子どもに面倒を見てもらえ』って言われるに決まってる。だから、もらわないでがんばらおうと思っているんです。」

比江嶋 「長年働いて税金を払って苦労してきたんでしょ。それを元にして保護費が出てるんだから、なんにも恥ずかしいことはありません。生きるための当然の権利です」

女 性 「でも、今はもらわんとくわ。それより、今日はサラ金の借金をなんとかしたくて。健康食品を買うのに50万円借りたの」

比江嶋 「なーんでまた」

女 性 「体にいいからって」

比江嶋 「生活を立て直さなきゃいけないなあ。あっちの部屋にいる弁護士さんにつなぐから」

病気で働けず年金ももらえない

最後の相談者は、くも膜下出血の後遺症で働けなくなった50代の男性。地元の共産党員と一緒です。納付年数が足りなくて、年金はまだもらえない、郵貯の簡易保険でおりた30万円も生活費に消えてしまったので、生活保護を受けたいとの相談でした」ただ、軽自動車があって…。

比江嶋 「あー、車の所有は役所は認めんからね。私は認めろと言っとるけど。車は処分しなきゃいかんならんかもなあ。でも、市営住宅の家賃減免もできるね。収入ないんだから、なんでも制度を使わないと」


この夜、福祉関係の相談で比江嶋さんが対応したのは7人、井下顕(あきら)弁護士の法律相談も含めると11人でした。3時間ぶっ続けの生活相談が終わりました。

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しんぶん赤旗2004年9月9日

憲法改悪させない
学習会に100人参加 東博多地区

学習会

日本共産党福岡東・博多地区委員会は4日、福岡市博多区の国際会議場で憲法学習会を開きました。会場には市民ら約100人が参加し、関心の高さを示しました。

講師の真鍋毅佐賀大学名誉教授が「憲法を守るということ」と題して約1時間半にわたって熱弁。最近の改憲をめぐる情勢から憲法の歴史などを分かりやすく話し、「私たちの暮らしの中で平和憲法を生かしていくことが大切です」と答えました。

会場の参加者から、「改憲のための国民投票の動きはどこまで進んでいるのか」「どんな運動をしていったらいいのか」など、たくさんの意見が出されました。真鍋氏は、質問に一つひとつ丁寧に答え、参加者に確信を与えました。

父親がシベリヤに抑留され、大連から母と一緒に命からがら帰国した経験をもつ61歳の女性は、「憲法は空気みたいに大事なものです」と感想を述べました。

最後に、日本共産党の比江嶋俊和市議が、自民・民主の2大政党制の悪政から憲法を守る具体的な行動計画を呼びかけました。

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2004年9月7日

「留守家庭子ども会」の父母負担導入やめて

御笠川を調査する比江嶋議員=7日

9月7日、台風16号に続いて18号が、相次いで福岡のまちを襲いました。日本共産党大衆運動本部は直ちに行動。防災服に身を固めた比江嶋俊和市議は、先の西月隈などを暴風雨を突いて視察・調査しながら、周辺住民を激励してまわりました。

東那珂の商店主は「よく来てくれました。16号のときは壁が壊れて修理したばかりです。昨夜は土のうを積み上げた」と、2人の激励訪問に感動して、ドリンク剤を2本出してくれました。現地調査の中で、山王放水路のポンプ上建設や博多駅筑紫口の地下鉄入り口の止水板設置など、今回はわが党市議団が要求してきた防災のための対策が前進しつつあることが確認できました。こうした住民の苦難を救済する「草の根」の運動こそ求められています。

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2004年8月9日

「今こそ平和憲法を」
−長崎原水爆禁止世界大会に参加して−

平和公園で=8月9日

さあ今度は、いっせい地方選だ!

被爆60年を来年に控えて、私は2004年8月9日長崎の原水禁大会に参加しました。猛暑の中を往復バスで6時間。全国の「核兵器廃絶」を願う仲間が集う大会には、海外からの代表も出席して圧巻でした。原爆資料館での長崎に投下された原子爆弾「ファットマン」の異様な姿に身震いしたり、海外代表の勇気ある発言には感動の連続でした。いま、アメリカやロシアなど核大国は、3万発の核爆弾を有しています。しかしながら、核兵器廃絶と平和を願う全世界の「草の根」の運動は核兵器固執勢力を国連の場でも孤立化させる世論が大きく高まって来ています。来年5月には、世界108ヵ国579都市の「平和市長」会議がニューヨークで開催され、100万人規模の核兵器廃絶の緊急行動も計画されています。ある日本人被爆者の壇上での発言は「唯一の被爆国である我が国が、今、憲法9条を変えて戦争する国になることは許せない」との声に、参加していた多くの青年たちがエールを送りました。私は今回、たくさんのみなさんの援護を受け長崎大会に参加させていただいたことに感謝するとともにこの福岡市でも、新たな平和運動に大きな「ピースウエーブ」を巻き起こしていきたいと決意しています。ありがとうございます。

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2004年7月13日

猛暑を突いて山笠疾走

集団山見せで台上がり=7月13日

7月13日に行われた博多祇園山笠の「集団山見せ」で、比江嶋議員は五番山の大黒流の見送りで台上がりしました。呉服町交差点を出発し、明治通りを西に抜けて「オイサ、オイサ」の掛け声とともに福岡市役所前に到着。舁き山が那珂川を渡るのは「集団山見せ」のこの日だけです。

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2004年7月 ■

大学通り住宅前の道路新設にともない、千鳥橋から千代交差点に通じる道路は交通量が急増。しかし、歩道は整備されないままで、車道との段差もなく、途中から極端に狭くなっている上、歩道の真ん中に電柱があり、道幅が20センチほどしかないところもあって、歩行者は車道にはみ出して歩くしかなく、車と接触しかねないとても危険な状態でした。

町内会からも要望が出され、比江嶋議員が対応。6月に仮歩道が設置され、住民だけなく、専門学校の学生さんにもとても喜ばれています。


住民に喜ばれる仮歩道設置

↑住民に喜ばれる仮歩道設置(千代4丁目大学通り前)

夜間ごみ収集を実体験

↑夜間ごみ収集を実体験/博多区諸岡(7月26日)

家庭ごみ有料化問題学習会で講師

↑家庭ごみ有料化問題学習会で講師

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2004年6月 ■

参議院選挙—地域を駆け回り大奮闘

党員のみなさんとのメガホン宣伝

綿貫比例候補との街頭宣伝

6月24日に公示された参議院選挙。つの・仁比当選のために、連日各地を駆け回りました。駅頭での後援会員、党員のみなさんとのメガホン宣伝(写真上)、綿貫比例候補との街頭宣伝(写真右)などに取り組みました。

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2004年6月17日 ■

博多駅前場外車券売場
反対請願1万1千人超署名
—事業者が建築申請強行

場外車券売り場建設計画ビルを調査する比江嶋俊和市議(博多駅前)

6月17日「博多駅周辺の環境を守る会」(手島文雄会長)は、博多駅前3丁目の旧ヒロカネビル跡に進出しようとしている場外車券売場「サテライト博多」の設置反対請願1万1千656人分の署名を福岡市議会に提出しました。

同会は、施設周辺に東住吉小・中学校や専門学校など、28の文教施設があり、車券場設置によって青少年に悪影響を及ぼすことや、同地区が「環境美化推進モデル地区」に指定されており、都市環境の悪化をもたらすことなどを指摘し、反対しています。

東住吉校区自治連合会も、これまでに三度にわたって設置反対の決議を行っています。

今回、事業者である多摩川電気(東京)は、地元説明会が2回とも説明不能で流会になったり、住民からの質問を拒否して中止したりしたにもかかわらず、6月9日に、建築物の確認申請を出しました。

「守る会」のみなさんは、「地元の説明会も一方的に打ち切り、建築を強行するということは許せない」と怒っています。これに先立ち、日本共産党福岡市議団(6名)は、5月24日、経済産業省に対して、車券場設置の許可をしないよう強く要請しています。

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2004年6月6日 ■

参院選勝利ソフトボール大会

始球式をする比江嶋議員

6月6日、地元博多区の千代中学校で、民青同盟とかえるネットのソフトボール大会が開かれました。激励あいさつにかけつけた比江嶋議員、始球式はみごとなストライク!参院選勝利の決意をかためあいました。

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2004年6月1日 ■

社会保障 予算の主役に
県保険医・歯科医協会と懇談

日本共産党は6月1日、福岡県内の開業医らで構成する県保険医協会(会員約2500人)、県歯科保険医協会(同約1800人)と医療・福祉問題について懇談しました。福岡市議団からは比江嶋俊和議員が参加。

懇談には、県保険医協会の武田正勝会長、県歯科保険医協会の小林増蔵会長をはじめ、両協会の理事が参加し、県民医療の向上と医療制度の発展をめざす活動などが報告されました。

武田会長は、同会が作成した医療状況に関する資料を示しながら医療現場の深刻な実態を紹介。国際的にみて、日本の医師・看護師数も、国内総生産(GDP)に占める医療費の割合も少ないことを説明し、「医療事故の防止や医療の安全確保がおぼつかない」状況をのべ、「良い医療行為、安心の医療にお金をかけていないことは日本の不幸だ」と語りました。

小林会長は、「歯科初診料」に加え、医師と同様に高い初診料を得られる「かかりつけ歯科医初診料(か初診)」は2000年4月の歯科診療報酬改定で導入された経緯を説明。この2本立ての初診料の違いを「患者に説明し理解を求めるのは困難だ」とのべ、問題点の多い「か初診」に反対の立場を表明しました。

また、乳幼児医療費助成制度で初診料の全額負担を課しているのは全国で福岡県だけと指摘。昨年3月の県議選に伴い審議未了廃案となった同制度の就学前までの医療費無料化を求める請願を、改めて9月県議会に出す署名運動に取り組んでいることを明らかにしました。このほか理事から、「日本の公共事業費はサミット6ヵ国の公共事業費を合算した総額よりも多く使っているとの宣伝はドクターに知れ渡っている」「参院選でどの党が伸びたら希望をもて、社会保障中心の政治をすすめることができるのか、共感を得る訴えをしてほしい」と期待の声があがりました。

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2004年5月27日 ■

博多港に自衛艦2隻入港調査

博多港に自衛艦入港、調査にかけつけた比江嶋議員

5月27日福岡市の博多港に自衛艦2隻が入港しました。比江嶋俊和議員は、直ちに博多港に駆けつけ調査、「イラクでは連日米軍による攻撃で、子どもやお年寄りを含むたくさんの人が殺されており、米軍に対する大きな怒りが巻き起こっています。自衛隊も米軍の協力者だと反発を呼んでいます。軍事では復興はできないとイラクから撤退する国が相次いでいる今、イラクから自衛隊は撤退すべきです。そのために引き続きがんばります」と比江嶋議員は語っています。

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2004年5月23日 ■

さつき祭り

仁比候補、後援会員の浦さんと

福岡市東区で「参院選必勝 第12回さつき祭り」が開かれました。会場には、五月晴れのもと、後援会員や支持者ら850人が参加。つの豊臣参院福岡選挙区候補、田村たかあき衆院比例候補もあいさつ、博多区の比江嶋議員も参加しました。

つの候補は、「自民・公明、民主の三党による年金改悪案や有事関連法案の衆院強行は許せない。私は腹を固めて参院選をたたかいぬき、日本共産党の前進をかちとりたい」と決意を表明しました。

会場では、2人が日本共産党に入党し、2人が「赤旗」日曜版の購読者となりました。

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しんぶん赤旗 2004年5月13日 ■

イラクの実態写真で紹介

天神イムズ前で行った写真展

「劣化ウラン弾がこんなにひどいとは」−。福岡市天神イムズ前で、パネル展に見入っている人から、思わずため息がもれました。

イラク人道・医療支援をすすめる会(準備会)と福岡市平和委員会が10日、イラク・バスラ教育病院がんセンター所長ジャワード・アル・アリ医師から提供された写真スライド30枚を展示。イラクへの米軍の攻撃、劣化ウラン弾による被害の実態、イラクへの人道・医療支援を訴えたものです。

溝口宏敏理事、日本共産党の比江嶋俊和市議が「病院は米軍による破壊や略奪で抗生物質、輸血セットも足りない。救える命も救えない」というアル・アリ医師のメッセージを紹介し、「米軍協力の自衛隊派遣でなく、真の人道支援、医療支援を」と訴えました。

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しんぶん赤旗2004年5月4日 ■

3たび場外車券場計画
博多駅前 地元説明会は紛糾、流会

マスコミもかけつけた地元説明会

福岡市博多駅前で、競輪の場外車券売り場の設置計画が3たに浮上し、4月29日、地元説明会が行われ、東住吉校区住民など約100人が参加しました。

東京の多摩川電気がサテライト博多を設立して、博多駅前3丁目の旧ヒロカネビルに車券売り場をつくろうというもの。地下1階、地上6階で1日1000人以上の来場を予定しています。

説明会では、設置反対の声が相次ぎました。「過去2回も計画がつぶれてきているのに、どうしてまたつくるのか」「周辺には小・中学校や専門学校などが多くあり、青少年の健全育成からしてもやめるべきだ」との追求に、業者側は「地域の活性化」などをいうだけで、まともに答えることができず、説明会は紛糾して流会しました。

東住吉校区住民でつくる「博多駅前の環境を守る会」は、2002年2月にも、設置反対の1万人を超える請願を出しており、今回の説明会でも代表の一人である牟田賢祐さんが反対の声明文を読み上げて業者側につきつけました。

日本共産党の比江嶋俊和市議は、「3年前の私の質問に、市長も教育長も場外車券売り場の設置は望ましくない。住民合意を尊重すべきだと答えている。全国各地の場外売り場はどこも地域活性化につながっていない。3たび議会でも取り上げ、断固阻止したい」と語っています。

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「民医連医療を育んだ女たちの歴史にエールを!」 ■

福岡医療団の40周年にあたって発行される
「女たちの綴る福岡医療団史」に手記を寄せました。

「子どもの歯を守る会」で懇談する比江嶋俊和医師(70年代後半)

私が、福岡医療団の千鳥橋病院(博多区)に入職したのは、今から30年前の1975年11月でした。卒後研修中の東京・代々木病院から九州・福岡の地に民医連の歯科を築こうと勇んだものです。ところが、すぐ病に倒れました。当時の江島紀代子先生や岩下早苗先生たちに励まされて「再起不能」から立ち直り、その後、小児歯科や障害者歯科等に取り組み、お母さんたちと「子どもの歯を守る会」をつくって地域フィールド活動にも精を出しました。1981年には、ユニット15台の千鳥橋歯科センター(東区)を設立し、当時の福岡歯科界をビックリさせたものでした。80年代から90年代にかけて、私は全日本民医連の理事や福岡県連の副会長として全国を駆け巡りましたが、自民党政治の医療改悪攻撃のなかで足元はいつも「火の車」。ここでも、私たち歯科医師を支えてくれたのは、厳しい労働条件のなか黙々と頑張ってくれた歯科衛生士の仲間たちだったことを思い出します。医療の世界で生命を生み育てる女たちを抜きにして語ることはできません。そして、私を政治に目覚めさせたのは、その当時稀有だった歯科往診への挑戦でした。薄暗い電灯の下でポツンと一人取り残されたお年寄りを訪問し、「先生、待ってたんよー」の声に社会保障の貧困を学びました。

「歯科往診の老人や障害者たちに公的助成を」の請願署名運動を起こして、日本共産党の黒田ハツ子元市議会議員にも助けられました。考えてみると、私の福岡医療団における歯科医療活動の20年はいかに多くの女性たちの力に支えられて来たことか。いま改めて「患者の立場」に立った民主医療を守り育ててきた女性たちに敬意のエールを贈るものであります。最後に、今回の「女たちの綴る福岡医療団史」に寄稿の機会を与えていただいたことに心から感謝します。

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